「いつか」はもうあんまりない
片付けようと思いながら片付けられない時、
「いつか使うかもしれない」
「そのうち片付ける」
など、よく言い訳にします。
50代になると、しっかりと感じるようになってくる体力や知力の衰え。
さすがに「いつか」「そのうち」という時間はこの先そんなにない、ということがなんとなくわかってきます。
人生100年時代と言われるけど
人生100年時代と言われていますが、さすがの楽天的なわたくしでさえ、「わーい、人生100年時代!今人生半分!ひゃっほう♪」と言って浮かれません。
もちろん50年前の日本人の寿命と比較すれば格段に伸びたことはあきらかですし、今の60代はめっちゃ若いです。(還暦祝いに赤いちゃんちゃんこなんて着せられません〜)
すぐ死にはしないけど、いつポックリ逝ってもおかしくはなく、「死」というものがうっすらと見えてくるのが50代だと思うのです。
うっすら感じる「死」
わたくしの父は60歳で亡くなりました。
だから余計に「死」を感じているのかもしれません。
でも50代というのは衰えてきているのです。
今日の自分が人生で一番若い!
モノの最後を考える
「いつか」使うかもしれないの「いつか」は来ない。
使ってるモノ、買いたいと思ってるモノの最終的処分はどうするのか?
そう考えると、今使ってるモノの要不要がわかってくるし、買うモノも厳選されてくるんじゃないかな?
人生100年とは言わないまでも80代まで長生きする可能性は大きい。
しかしそれまでずっと元気はつらつ、頭も体もピンコシャン!でいられるでしょうか。
片付けはやはりピンコシャンでないと難しいでしょう。
そして50代、60代前半くらいはかろうじてラストピンコシャンだと思うので、ちょっと真剣に片付けに取り組まないといけません。
と、自分にすごい言い聞かせる今日この頃。
※「ピンコシャン」はピンピンしてシャン!としてるという意味です。念のため〜
では!
↓人生100年時代の生き方について。とても興味深い内容ですよ♪