ニュースで漫画家の蛭子能収さんが認知症の理解を深めるイベントのトークショーに出演されていた話題を観ました。
蛭子能収さんが体験語る 認知症の理解深めるイベント 世田谷区 | NHK | 東京都
蛭子さんは3年前に自身が認知症であることを公表。(レビー小体病とアルツハイマーの合併症)
現在は直近のことは覚えられないという症状はあるものの、デイサービスなどを利用したり家族の支えを受けながら仕事を続けているそうです。
「私は認知症になってもイラストの仕事もテレビの仕事も受けているのが自分らしさで、ずっと生きてやるぞ、という思いでいます」
とっても前向きですよね。
以前、認知症の第一人者である医師の方が認知症になられたのだけど、自ら公表し「自分の姿を見せることで、認知症とは何か、伝えたい」と言われている記事を読みました。
この方はお医者さんであるし、認知症の第一人者でいらっしゃるから、自分が認知症である、とちゃんと自覚できるのだろうと思ってました。
しかし普通の人である蛭子さんも、ちゃんと自分の状態をわかっていらっしゃるし、できる仕事をやっておられるのはすごいですよね。
わたくしの母は数年前、物忘れが増えたことは言ってたけど、認知症の初期の症状で何かトラブルが発生した時、自分の記憶が間違ってるとか、認知症なのかもしれないという思いは全然なかったようでした。
新聞や銀行、郵便局、スーパーマーケットやわたくしが、間違えたり意地悪しているのだと言い張るばっかりでした。
自分が認知症であることが自覚できる人とできない人の差ってなんなのでしょう?
どうしたら「あれ?最近おかしいなあ?自分は認知症なのかな?」と冷静に判断できるのでしょうか。
もちろん、認知症にもアルツハイマー、レビー小体病、血管性認知症などいろいろ種類がありますので、それによって症状も違ってくるでしょう。
しかし、性格的なものも関係するのかなあとも思ったり。
母の場合はものすごく負けん気が強かったので、時間や日にちを間違ったとしても、わたくしの方が間違っている、新聞が日付を間違って記載している、と強く主張していたように思います。
絶対に自分は間違っていないと。
でも、それはどこかで「自分は認知症かもしれない」という不安を怒りで消し去ろうとしていたのかもしれないですね。
認知症はなる人はなるので、その場合は自分が認知症だと自覚して、その中で自分ができることをやっていく、という生き方ができたらいいなあと思います。
なので、あまり負けず嫌いや頑固ばーさんにはならずに、人の意見を素直に受け入れる柔軟さを身につけておきたいです。
できるかな?
では!