リウのくらしの絵日記

楽しいシニアライフを目指す50代の毎日♪要介護3の母は現在施設で暮らしています。本ページはプロモーションが含まれています。



「普通」ってそうそう普通じゃない

またまたNHK朝ドラ「舞いあがれ!」のお話を観て

 

考えたことです。

 

主人公舞ちゃんの幼なじみ貴司くん、親に黙って会社を辞め家出をしてたのですが、戻ってきました。

 

貴司くんは親御さんに「どないして生きていくか、考えたいねん」と打ち明けます。

 

困惑したお母さんが「普通に幸せになってもらったらええねん」言うと、「その普通が僕には難しいんよ」と返す貴司くん。

 

今週の回は主人公だけでなく他の登場人物の親子の、子を想う母の姿が描かれていましたね。

 

親はみんな子どもの「普通」の幸せを願っているのだけど、その「普通」が噛み合わなかったり、そのせいで苦しめられたり。

 

子の「普通」の幸せを願う親の気持ちはとてもわかるし、子の「は?何?普通って?」っていう気持ちもわかって、ツライわ・・・

 

でもほんと「普通」って何よ!?って言われれば、「普通って・・・普通よ!」と答えるしかないわよね。

 

「普通」って、高い低いで言えばちょうど良さそうな高さだし、難しい易しいで言えば無理せずクリアできそうって感じで、誰しも手が届く、難なくこなせるイメージ。

 

「普通の幸せ」の「普通」って、どこからきているんでしょうね。

 

「普通はこうやるよね」とか「普通だったらやらないよ」とか「普通お母さんだったら」「お嫁さんは普通は・・・」など、世の中には「普通」があふれていて、結構その言葉がプレッシャーになってることが多いし、親世代もそれはよく理解できる。

 

「普通」って、そうそう普通じゃないし、時と場合によるし、人それぞれで同じようにはいかないし、満遍なくみんな同じって訳にはいかないのよ。

 

でも子どもには「普通に幸せに」と思うのよね。

 

ただ「幸せになって欲しい」んだけど、その幸せのなり方って子どもに任せるべきなのに、やっぱ学校行って、会社に行って、結婚してとか思って、そうするとまたもっといろいろ考えて押し付けてしまうんだろうね・・・

 

ついつい自分も「普通は」とか言ったり考えたりするけど、その言葉が出た時は、ちょっと止まって「普通かな?これ」って考えるようにしなくちゃ。

 

「舞いあがれ!」は次週から舞ちゃんが航空学校に入学するところから始まるようです。

 

もちろんそこには「普通」にはいかないドラマが溢れているようで楽しみ〜

 

では!