ほんとに今さらなのですが、無洗米にしました。
無洗米を使っていなかった理由
無洗米を使ってなかったのは、
「無洗米は美味しくない」
「研がないとヌカくさい」
「研ぐ時間や手間なんて大したことない」
と思っていたからです。
しかし、身近な人が無洗米を使ってて、手間いらずでラクだよ、という話になんとなく、「ふーん、そっかあ・・・一回使ってみるか」という軽ーい気持ちが、たまたま起きたのです。
不便さに気づかない
使ってみて、「研ぐ」という手間がないだけで、なんて楽チンなんだ!と驚愕してしまいました。
たぶん、わたくしは「不便」ということに気づきにくい体質なのだと思います。
我慢強いというか、鈍感というか。
どうしたら、生活の中の不便に気づくのか考えたけど、さっぱりわかりません。
不便さに気づくには
まあ、わからないから気づかないのだけど、もう少し「自分の好き」というものをしっかり考えたらどうかなあ、と思います。
「自分の好き」ではないものと向き合った時に感じる違和感を、その場で流してしまわずに「今、違和感を感じている!」と受け止めないといけませんね。
そして、いろんなアイデアを素直に取り入れてみる。
自分ではやっていない方法を一度試してみる。
そこで、やっぱりあってないなあと思えば辞めればいいし、これはいい!と感じれば取り入れてみる。
やっぱり違うやり方をやってみないと「不便さ」には気づかないですね。
中高年になって、今までの習慣を替えたり、新しいことを取り入れたりすることは難しくなってきてますが、「とにかく一回やってみる!」ということを実行していきたいです。
でも、ほんと無洗米、便利だわ・・・
では!