最近のわたくしは、モノや出来事などに「意味を持たせない」ように気を付けています。
例えば、この行動を起こしたのは寂しかったからではないか?とか、自分がもっと気にかけていればよかったのかもしれないとか、この持ち物を見たら元気になったかもしれないとか、理由や後悔などいろんな感情を付けて考える、ということです。
まあ、ほとんど認知症で現在介護施設に入居している母のことについてなのですが。
わたくしは母が勝手に一人で出かける原因や、母の持ち物についての思い出などをクヨクヨ考えたりってのが、すごく多い。
それで悩んだり眠れなかったりしたんだけど、夫に言われた「お母さんの行動や、モノに意味はないよ」って言葉にずいぶん救われました。
なんで一人で黙って出かけたんだろう、とかなんであんなにバッグを持ち歩くのだろう、すごく不安なのだろう、どうしたらいいのだろう・・・と悩みます。
しかし母は出かけたいから出かけたのだし、バッグを3つも4つも持ちたかったから、持ったのであって、バッグはバッグ、それ以上、それ以下でもない、と。
人ってついモノに対して思い入れがあったり、ストーリーを考えたりするけど、それは大事なことだとは思うけど、やっぱりモノはモノなのよ。
なんかこういうこと言うと、人に対する思いやりやモノへの愛着がない冷酷で無慈悲な人間みたいだけど、それとは違うのよね。
うまく表現できないけど、モノに執着しない、他人のことについて自分を責めすぎない、って言うことだと思うの。
母は今を生きてるだけで、今目に見えたことや、頭に浮かんだことで行動してるし、泣くことも怒ることも、その時その瞬間の気持ちなのよ。
わたくしがいくら過去を悔やんで、未来を心配しすぎても、母にはなんの役にも立たないしね。
なので、やはりついつい「あーすればよかった」とか「こうなったらどうしよう」って考えすぎず、行動やモノに意味を持たせないよう生活していこうと思ってる。
なかなか、難しいけどこのことを気をつけるようになったら、だいぶクヨクヨしなくなってきた。
まだ修行中!
夫は何も考えない人で、わたくしは考えすぎるタイプ。
は?って思う時もあるけど、違うタイプなので、夫の考え方には助かります!
では!