アラフィフLIUの絵しごと日記

ミニマムにもプレミアムにもなれないけど、一応めざしてみる主婦の日々

父の二十五回忌に思った事

先日、わたくしの父の二十五回忌法要を

行いました。

 

二十五回忌は亡くなった日を1回目の忌日として数えるため、

25年目ではなく24年目になります。

 

わたくしの父

お寺や地域によって、十七回忌の次は

二十三回忌、二十七回忌と行います。

その場合は二十五回忌は行いません。

 

父はわたくしが学生の頃から、

入退院をくり返しておりました。

 

亡くなったのは、わたくしが結婚して、

半年ぐらいだったと思います。

60歳でした。

 

あれから、もう24年、ほんと早いですね。

 

24年前

あの日は、朝早く病院から電話があって、

「危篤」だというような事を言われたのかな?

 

あの頃ほとんど毎日早くから母は病院に出かけていたから、

(自宅から遠かった)母に連絡がとれなかったんですね。

 

「母は病院に向かってますので、すぐ私たちも

行きます」とあわてて出かけたと思います。

 

父のきょうだいも集まりました。

 

父の様子は、いつもと変わりないように

見えました。

 

何年もずーっと具合悪かったから。

 

父は典型的な昭和ヒトケタのおひと。

 

病気になる前も後も、よく怒鳴り散らしていたなあ・・・

 

病院の先生もスタッフの人にも怒鳴っていた。

 

みんな、迷惑そうだった。

 

病院の先生は母に「奥さんが毎日お見舞いに来られるから、

ダンナさんは甘えて怒鳴るんじゃないですか?

毎日来ないで下さい!」とか怒ってた。

 

たしかに、父は母に甘えてたのかもね。

 

ほんと、すみません。

 

でも、ほんとこれって危篤なのかなあって思った。

いつもと変わらないようだし。

 

回復するのでは?そしたら、集まってくれた親戚に

申し訳ないなあと考えたり。

 

看護師さんが「奥さん!声をかけてあげてください!」

 

っていうんで、母が「パパ!」と何回も言うと、

 

「あー!うるさいったい!」

 

と父は怒ってた。

 

やっぱ、これ死なないよね。

 

でも、それから1時間くらいして容態が急変したのか、

先生が、父の上に乗ってぎゅうぎゅう心臓マッサージを

はじめました。

 

「そんなぎゅうぎゅうムリにしなくていいのに・・・」

と後ろの方で冷静に見てました。

(最近はこういう無理な心臓マッサージはされません)

 

そして息をひきとりました。

 

人ってこんな感じに、ころっと死んでしまうんだ。

 

ほんと不謹慎なことなんですけど、

ただただ冷静に思ってしまった。

 

二十五回忌

そして、今年二十五回忌。

 

わたくしは父が亡くなった年齢にずいぶん

近づいてしまった。

 

わたくしの父の顔を知らない長女も

法要に出席してくれた。

 

父の妹も「兄ちゃんの事、思い出すねえ」と

涙ぐんでいた。

 

叔母も、もう70半ばで、昔はしゃきしゃきしてたけど、

ずいぶん年取った。

 

当たり前だ。わたくしも同じく年取った。

 

次の法要の頃は

法要の後はみんなで近くの料理屋さんで食事をした。

 

二十五回忌の次は、三十三回忌。

 

母は「何年後?八年後?私、法要ちゃんと

できるかなあ?」と言ってた。

 

その頃、母は90近いのか。

 

生きてる気満々みたい。

 

母は若い頃は病弱で、わたくしが大人になるまで

生きられないと思ってたらしい。

 

今は100まで生きる気か?

 

とにかく生きてるなら、健康でいてくれ!

 

わたくしもがんばる!

 

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カリオストロの城」では銭形警部は

昭和一桁。娘さんは「としこちゃん」。

それは「ルパンVS複製人間」か!

 

 

では!

 

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